八ヶ岳山麓の自然の中で

(山荘の窓辺で綴る随筆です)


刺  客

庭の草むしりをしていた時、突然右腕に鋭い痛みが走りました。思わず左手で右腕を抑えたとき、かなりのスピードで飛び去っていく虫を見ました。 ハチだっ! ハチに刺された−! あわてて家に戻り虫刺されの薬を塗りましたが、効き目はほとんどありません。かなりの痛みが継続的に襲ってきます。 いったいあれは何というハチだろう? スピードが速くハチの姿がはっきりとは見えませんでしたが、足長蜂はあれほど速く飛ばないので、 飛ぶスピードと痛みの強さから恐らく悪名高いスズメバチだろうと考えました。

スズメバチの攻撃を受けてこのまま黙って引っ込むわけにはいきません。家族のため人類のため、退治しなければ! といつもの正義感がまたもや燃え始めました。 蜂の攻撃にたいして敢然と反撃することを決意したものの敵はかなりの強敵です。 まず敵の巣を探さねばなりません。長袖を着て首にタオルを巻き、用心しながら刺された付近の軒下や床下やベランダの下などくまなく探しましたが、 見つかりません。敵がどこにいるか分からないまま戦うのは、まるでゲリラと戦う米軍のようです。
これでは勝ち目がありません。まず情報収集する必要があります。 そこで刺された付近の様子を少しはなれたところから観察することにしました。

敵陣が分かりました。 庭に設置してある階段の隙間から蜂が出入りしているのです。庭は傾斜地になっているので歩きやすくするため 数箇所に階段が設置してあります。その階段の裏側は場所によっては幅40cm、奥行き20cm位の空間があり、そこにスズメバチが巣を作ったようです。 敵陣が分かったので小泉総理のように刺客を放ちたいのですが、このスズメバチに立ち向かう刺客は 私しかいません。 意を決して刺客として敵陣に乗り込むことにしました。

服装については以前の足長蜂との戦いでも書きましたが、前回と同様のヘルメット、長靴、ダブダブの服というスタイルで早速攻撃開始です。 両手に一本ずつ殺虫剤(アースジェット)を持ち、巣に近づきました。そろりそろりと近づくと早速背中へ攻撃の洗礼を受けました。 背中へぶつかってきたのです。でもダブダブ服のため、毒針は私の皮膚までは到達しません。顔面にも攻撃してきました。 ヘルメットにぶつかり下へ落ちましたが、そのまますぐに飛び去りました。さすがに私もこの攻撃に緊張が隠せません。 タラーリ、タラーリ と汗が流れます。手は巣に最も近づくので刺される可能性も高く、ゴム手袋でカバーしています。

右手を伸ばして 近づき、蜂が出入りしている階段の隙間に噴射口を当て噴射し続けました。左手は襲われないよう背後に向けて殺虫剤を噴射しています。 しばらくして噴射を止め、様子を見ました。数匹の蜂がよたよた出てきてもだえています。ヨシッ、効果あり!、と思い、 さらに殺虫剤が空になるまで噴射しました。そしていったん家に引き上げました。

一時間後様子を見に行ったところスズメバチが十数匹転がっていましたが、巣への出入りは何の影響もなかったかのように蜂が出たり入ったりしています。 敵はこの程度の攻撃にはびくともしない、かなりの大部隊なのだ、ということが分かりました。家へ引き上げ、作戦を練り直すことにしました。

殺虫剤丸ごと一本噴射したのにスズメバチのダメージが少ないのはどうしてだろう?恐らく階段の裏側の空間に作った巣の入り口が、 蜂が出入りしている階段の隙間の方向を向いていないため 殺虫剤が効果的に巣の中に入らないのだと思われます。 こうなれば階段裏から巣を取り出して壊すしかありません。幸いこの階段は分解しやすいように作ってあります。 巣のある付近の板は簡単に取り外せるのです。しかし昼間それをやればスズメバチの総攻撃を受け この程度の防御服では生命の危険があります。 やはり蜂の動きが鈍くなる夜を待つことにしました。

夜8時、空に星が瞬いています。周辺は真っ暗です。家から漏れる明かりで、かすかに周辺が見えるだけです。 懐中電灯の明かりを頼りに階段をはずしました。中から独特の縞模様のある蜂の巣の外被が現れました。間違いなくスズメバチの巣です。 縦・横・高さが20cm位あります。間髪をいれずに殺虫剤アースジェットを容赦なく外被の出入り口から注ぎ込みます。一本が空になりました。 周りを見るといつ出てきたのか、2匹の蜂が仰向けになって もがいていましたが、それ以上蜂が巣から出てくる様子はありません。 どうやら全滅と思われます。しかし相手は悪名高いスズメバチです。万一を考えて最終兵器を使うことにしました。

最終兵器といっても核兵器ではありません。ガスバーナーです。カセットコンロに使うガスボンベにバーナー部分をねじ込んだ簡易型のガスバーナーに 点火して巣へ向けました。 外被はあっという間に燃え落ち、中から4段の巣盤が見えてきました。下の巣盤にスズメバチの成虫が数十匹、 上の方の巣盤には白い幼虫が沢山見えます。幼虫は数百匹はいるようです。これが全部成虫になっていたら、おそらく家の出入りの都度、 ブスブス刺されることになっていたでしょう。バーナーの炎がそれらを次々焼き払っていきます。

こうして人とスズメバチとの戦いは人間の完全勝利で終わりました。
しかし・・・・・・・ たった一回攻撃を受けただけの私の右手は腕の付け根から手首まで真っ赤に腫れあがっています。
スズメバチとの戦いには勝ちましたが、武田信玄のように エイ・エイ・オーと勝ちどきの声を上げる気持ちにはなれません・・・・・・・・
痛いのです。 ほんまに ・・・・・・・・

 
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