八ヶ岳山麓の自然の中で

(山荘の窓辺で綴る随筆です)


幽霊現る

標高1000メートルの山麓では、冬の朝はいつも氷点下まで気温が下がります。窓辺の餌台においてある容器に入れた水は硬く凍っています。 そんな寒い朝でも野鳥は次々と餌台に来ます。 餌台に来る野鳥は時々水を入れた容器の縁に止まり、水を飲もうとします。 くちばしで氷を突き、氷を割って水を飲もうとしますが、容器の水が全部凍っているのでどうにもなりません。 水を諦めてエサをくわえて飛び去っていきます。

水が飲めない野鳥たちが可愛そうになってきました。 容器の氷を取り除き、水を入れましたが、1時間もすると凍ってしまいます。 どうしようかと思案していましたらアイデアがひらめきました。 ひらめいた、といってもたいしたアイデアではありません。 水の代わりに湯を入れるのです。湯もすぐ冷めるので、かなり熱めの湯を入れてみました。そして部屋の中へ戻り、また観察を続けました。

部屋に戻るとすぐにゴジュウカラが餌台に飛んできましたが、ギョッとした様子で餌台には停まらずUターンして飛び去りました。 なにかに驚いたようです。私は部屋の中にいますから私の姿に驚いたのではありません。次々にやってくるヤマガラもシジュウカラも餌台に近づくと ドキッとした表情(?)でUターンしていきます。中には勇気を持って餌台に止まる鳥もいますが、止まった瞬間、 エサも取らずに慌てふためいて飛び去っていきます。

まるでお化けか幽霊が出たような雰囲気です。一体どこに幽霊が居るのかと思い、さらに細かく観察を続けました。 そしてついに幽霊を発見したのです!!

氷点下の世界に熱い湯が入った容器があれば、当然そこからはかなり濃い湯気がモクモクと上がってきます。 それがかすかに吹く風にゆらゆら揺れているのです。餌台に野鳥が止まったとき、濃い湯気がふわ〜と餌台の方に流れると正体不明の怪物に 襲われたかのような恐怖感に陥り、全速力で餌台から脱出していくのです。

これはおもしろい、と俄然 関心が膨れ上がり、観察を続けました。

しばらくすると勇気ある野鳥が現れました。私の好きなヤマガラ君です。もくもくと上がる湯気をものともせず、湯を入れてある容器の縁に、 すっくと立ったのです。スッゴーイ! と感嘆の声を上げて見守り続けました。勇気あるヤマガラ君は左右に目を配り、安全を確かめると 悠然と湯の中にくちばしを突っ込み、飲み始めました。少し熱めの湯もやや温度が下がっていたのかヤマガラは熱そうなそぶりを見せずに 悠々と飲んでいます。数回水を飲んだ後、餌台に移動してヒマワリの種をくわえて飛び去っていきました。

この勇気ある先駆者の行動を近くの木の枝から見ていたヤマガラが次々と餌台にやって来ました。そしてヤマガラ達の行動を見て、 シジュウカラやゴジュウカラも餌台に止まり始めたのです。

こうして餌台に現れた幽霊は勇気あるヤマガラによって吹き飛ばされたのです。

 
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