八ヶ岳山麓の自然の中で
(山荘の窓辺で綴る随筆です)

置いてけ―― っ
 私の家の近くに一人住まいのおばあさんがいます。ある日おばあさんが家の中に
いたとき、何か視線を感じました。 なんだろう? と怪訝に思って、ふと窓の外を
見ると、ベランダの手すりの上に猿が一匹ちょこんと座って、おばあさんの様子を
窺っていたのです。当然猿とおばあさんの目線が合ってしまいました。その瞬間、
猿は意を決したかのように手すりの上を端のほうへ走ったのです。
手すりの端には収穫したばかりのカボチャが3個置いてありました。猿の目当ては
カボチャだったのです。3個の中で一番大きなものを抱えて、手すりから飛び降り
一目散に逃げていきます。
おばあさんは「こりゃあ大変!盗られてなるものか 」と、ベランダの窓を開けて
「そのカボチャ、置いてけ―― っ」とあらん限りの大声で叫んだのです。 猿は
その声のど迫力に腰を抜かさんばかりに驚き、必死な思いで盗ってきたカボチャを
思わず落としてしまいました。 それを拾いに戻るだけの心の余裕が猿にはありま
せん。
 猿は少し離れたところで足を止め、落としてきたカボチャを 恨めしげに見て
います。おばあさんは「取り返すことができてよかった、よかった」、とホッと
胸をなでおろして、置いていったカボチャを取り返し、今度はベランダではなく
室内にしまいこみました。
 相手が動物でも言うべきことは言ってみるものです。解決への扉は意外な方向に
開くのです。
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